2012年2月 6日 (月)

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建仁寺法堂

祇園の商店街をすこし歩き、突き当たりに位置しています。

八坂さんはちょくちょく行くことがありましたが、この一角はほとんど来たことがなく、市内のほかの界隈よりもちょっと昔の京都、という印象です。

開山が13世紀の臨済宗の禅寺で、この法堂(はっとう)は18世紀、そして小泉淳作によるこの

『双龍図』は今世紀(2002年)です。お寺の天井画というのをみたのはこれが初めてのような気がします。

 そもそも天井画はシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの『最後の審判』とかヴェルサイユ宮殿など西洋の寺院や宮殿をイメージしますが、妙心寺の『龍雲図』(重要文化財)とか日本のお寺にもたくさんあるようです。また小泉淳作は鎌倉の建長寺にも天井画を奉納しています。

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日本はモチーフを龍にしている場合が多いようです。

 グルグルととぐろを巻く運動性が躍動感をあたえ、円形状にまとまり易い感じはたしかにありますが、この図は円形ではなく長方形で、108畳分という大きさとともに、お堂に入った瞬間から息を呑む迫力でした。

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2011年11月28日 (月)

月曜美術館248

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ぬぐ絵画日本のヌード 1880-1945

Undressing Paintings: Japanese Nudes 1880-1945

東京国立近代美術館 20111115日~2012115

日本が開国したときにフランスで展開していた絵画シーンが「西洋の画法」として日本につたわり、そのひとつである裸体画も同じようにつたえられました。

この展覧会では、裸体画の当初宿命としてとらえられたエロスとか猥褻についての画家たちの取り計らいはどのようなものであったかといった見方と、絵画の新しい主題ととなる“肉体という塊”をどのような比率で、どういうバランスで描くのか。

事物から切り離されて浮かびあがる存在感をどのように表現するべきか、あるいはいかにそのような捕われから逸脱すべきかを模索された軌跡をテーマにしたものでした。

 ということでヌードをキーワードにして黒田清輝や中村彝、萬鉄五郎など当時のアカデミックな画家の名作が見ることができたのはさすがです。

村山槐多の『尿する裸僧』や古賀春江の『コンポジション』などを見るとエロスや猥褻からは逸脱しているし、当時裸体画というということを意識して描いたのではないらしいというのはよくわかりますが、そこは強引というよりも、この展覧会の主旨の捉え方として興味をひきました。

個展などとくらべて、テーマを設定しておこなわれる企画展は企画するほうも見るほうもむずかしいものがありますが、(決して個展が簡単という意味ではありません。)この展覧会はテーマが分かりやすいし、あるようでなかった視点があって美術館の力量みたいなものを感じました。

今回の東京は11月末とは思えない温い気温で、心地よかったです。夜は友部正人さんのライヴを聴き、翌日は英国のロックバンド、クイーンの『クイーン展』に行き、その足でこれまた英国のロックバンド、ビートルズ第四の男、ジョージ・ハリスンの伝記映画『LIVING IN THE MATERIAL WORLD』に雪崩れ込みました。どれもみな盛況で大阪の文化の不毛さを改めて憂入るものとなりました。

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2011年11月 7日 (月)

月曜美術館247

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秋の特別展 千島・樺太・北海道アイヌのくらし-ドイツコレクションを中心に-

 11月3日の文化の日に、民博の展覧会、秋の特別展 千島・樺太・北海道アイヌのくらし-ドイツコレクションを中心に-を見てきました。

 展覧会のテーマは、「百年前のアイヌの暮らし」です。19世紀終り頃~20世紀初め頃、年号でいえば明治時代。その当時の「アイヌの暮らし」を「とる」「たべる」「すまう」「よそおう」「いのる」といった衣食住の項目に分けて400点余りの民具資料を展示していた。

展示資料が多いことはうれしい。しかし、「アイヌの暮らし」を衣食住の項目にわけたために、生活様式が異なる千島アイヌ・樺太アイヌ・北海道アイヌのそれぞれ暮らしが頭の中でごちゃごちゃになってしまった。

 また、「工芸品」展という側面もあり、アイヌの暮らしというテーマにこだわらず、マニアックに民具資料を作品としてみていくことができると思う。

 今年は、日本とドイツの交流150周年ということで、ドイツの民族学博物館から120点の資料(ライプツィヒ民族学博物館・ドレスデン民族学博物館所蔵資料)が出展されていた。海外コレクション展という展覧会の目玉の一つで、リーフレットのデザインはドイツの国旗をあしらったものであろう。ただ、ドイツの国旗の上から黒赤黄の三分割の色が、リーフレットでは黒・黄・赤となっているのが気になった。   

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2011年10月24日 (月)

月曜美術館246

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榎忠展

美術館を野生化する ENOKI CHU Unleasing the Museum

兵庫県立美術館 20111012日~1127

5年前の大阪で初めて榎忠さんの展覧会を見ました。このときも大規模でしたが、今回も回顧展を兼ねた、さらにスケールアップされた展示となっていました。

この人の金属に対する執着心にはものすごいものを感じます。阪神大震災で生み出された鋼鉄の廃材のその切断面から、または飴のような屈曲から、人間の力では到底コントロールできない、得体の知らない力学を感じ、それは夥しい薬莢の山からも伝わってくるのですが、それらに照明があてられると、また違ったことを感じさせるというか、率直にいうと美しさを感じてしまうのでした。みんな展示されている鉄の作品、というよりも鉄のひとつの状態を曝しているという感じのほうがしっくりくるようです。破片や部品が大量に集められて凝縮されて(本当にスクラップされているものもあります)見るものを圧倒しています。展示の導入部は鋳鉄製のライフルが直列に2列で25丁ずつ計50丁、展示室では40丁×2列が非常に几帳面に並べられており、それには異様な執拗さを感じます。Cimg0194_2

今回は学芸員さんのレクチャーも受けました。図録を現在執筆中だそうで(今展示のです)、悪戦苦闘の表情がみてとれました。この展示室で昨晩は夜を明かしてしまったようで大変です。参加者が沢山いました。説明を聞いていると、ROSECHU(榎忠の別人格:女性というか女装)さんの声がきこえてきそうな感じでした。「そうよ。妄想は幻想になる前にカタチにしなければいけないのよ。」

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2011年10月 3日 (月)

月曜美術館245

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生誕120周年記念

岸田劉生展

大阪市立美術館

2011917日~1123

ポスターが「麗子がいっぱい」というコピーに妖怪的迫力の絵がすごくインパクトがあり、最初はこれが展覧会のタイトルと思い込んでしまいました。てっきり「麗子がいっぱい展」と。たしかにこんなにたくさんの麗子像をみたのははじめてで展示のハイライトではありますが、あくまで主旨は岸田劉生の画業を称える大回顧展でした。この美術館の長所と短所は同じで、展示数が非常に多いということです。たっぷり見ごたえがある代わりにぐったり疲れてしまいます。むしろ「麗子像」だけにクローズアップしていろいろな角度からみたり、画像を分解してたとえば衣服の描き方とか、麗子の顔が抽象化してゆく過程(寒山になぞらえた作品にもなってゆくので)、といった感じの展示もみてみたいなと感じました。

 岸田劉生はルネサンス調の静物画や風景画もありますが、やはり肖像画の割合が高く、とくに自画像を多数制作しています。はっきりいって彼の表情はそんなに特徴的ではないし、顔つきも38歳で没するまで特に変貌していないにもかかわらず、左斜め45度の同じような自画像をなぜそんなに描きつづけたのかが、非常に謎めいていておもしろかったです。

あと、『切通之写生 道路と土手と堀』は有名な作品ですが、空・堀・土手の色彩のコントラストが、原色×原色×中間色と、さらに電柱の影が黒で鋭く横切られていて緊張感とスケールの大きさを感じました。さすが重要文化財です。この風景を遠景から文字通り写生した作品があり、そこには劉生自身の小さな後姿も描かれていて、「本作」の横に展示されていました。このへんは大回顧展ならではの展示で、醍醐味でもあるなあと思いました。

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