月曜美術館152
東京藝術大学美術館 2008年4月26日~7月21日
美術館1階隣には学食があるので、入館前とかみ終わった後にここで定食などをとることが多いのですが、あいにく夏休みに加えて今日は日曜日だったので閉まっていました。 食堂テラス前はちょっとした雑木林になっていて、よくみると何体かの彫像がありました。
そのうちの一体はあずまやに鎮座するように納まっていて、以前ワタリウムでの記憶から明らかに岡倉覚三(天心)であることが判ります。そして、その近くには割りと無造作に置かれながらも凛とした(?)外国人とみられる肖像の下には、漢文体でその人物の人となりを刻んでいます。漢文などさっぱりですが、当て字やら、岡倉の隣やら、外人などのヒントから、どうやらアーネスト・フェノロサだろうときめこんでその場を後にしました。
さて、前置きが長くなりましたが、今回の展覧会はバウハウスです。何回もこのテーマの展覧会を見ているようで、一覧してみるのは初めてです。それは多分創設者や指導者たちの面々、ヴァルター・グロピウス、ラスロ=モホイ・ナジ、ヴァシリー・カンディンスキーらの存在が今まで大きく取り上げられ、彼らの芸術に対する理念を形にしたものとしてのバウハウスであり、実際そこでどのように教育・手ほどきがあったのか、それでどんな成果がでたのか、ということにあまり興味がなかったからかもしれません。そういった面では全貌と詳細がバランス良く紹介されていたように思います。
バウハウスはドイツのデッサウ、ヴァイマール、ベルリンに創設されましたが、中でもグロピウスが出したヴァイマールのバウハウスプログラムの目標として、
「、、、統一に向かってあらゆる芸術創造の集中につとめ、 、、、記念碑的芸術と装飾的芸術を区別しない統一芸術 ―大建築― である」
と宣言をしています。、“造形活動の最終目的は建築である”という明確な創立主旨をキーワードに考えてみると、一つ一つの作品や教育機材までもが、そういう体系の構成要素であり、焦点がしっかりしているように感じます。
ただ、芸術家が芸術家である所以の創作意思の自由度、、、、というえばどうなのか?もっと人間の想像力や思考というのは、ヘンテコリンなところもあっていいのでは、とも思いました。
もっとも、今回はバウハウスのなかでもデッサウ校にわざわざ絞っているところにミソがあるのかもしれません。
つづく
岡倉天心さまも暑そうでした。
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