月曜美術館154
朝倉彫塑館
なぜか俗っぽい、朝倉文夫
恩を受けた人のお墓参りへ行くために西日暮里駅で降りた。途中、「太平洋美術会研究所」という看板が取り付けられていて、入口の上に「太平洋美術会」と書いてある古い白亜の建物があった。かつての「太平洋画会」の「名残」だ。
さて、お墓参りを終えて、朝倉彫塑館を目指したが、たどり着いた時はすでに閉館になっていて、コールタール塗の黒っぽい外壁が、閉じられた門越しに見えた。その日は、諏訪台からよみせ通りへ下りて、谷中銀座に入り、朝倉彫塑館を眺め、日暮里駅へ出たわけだ。黄昏の谷中めぐりになってしまった。
翌日、芸大から朝倉彫塑館へ向かった。館は、鉄筋コンクリート造りのアトリエ棟と、丸太と竹をモチーフとした数奇屋造りの住居棟を組合せた建物である。
アトリエには「大隈重信像」立っていた。ばかでかい椅子が置いていた。これは同じ大分県出身の双葉山関に座ってもらうために誂えたというものであった。中庭は自然の湧水を利用した日本庭園で、3階には「朝陽の間」という豪華な純和風の内装の部屋があって、さらに階段を登ると屋上へ出る。大きな木が植えられている。フンデルトバッサーを思い出させる屋上庭園だ。高台に建てられているために、屋上庭園からは四方が見渡せる。
開かずの間もあって、物足りないが、回っているうちに、だんだんと、新館に別館を継ぎ足した温泉旅館・ホテルで大浴場を探しているような気分になってくる。
ところで、朝倉文夫(1883~1964)が自ら設計・監督をしたと云われるこの朝倉彫塑館彫は、写実主義的彫刻に徹したという朝倉文夫の彫塑作品とどのように結びつくのだろうか。
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