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2011年10月24日 (月)

月曜美術館246

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榎忠展

美術館を野生化する ENOKI CHU Unleasing the Museum

兵庫県立美術館 20111012日~1127

5年前の大阪で初めて榎忠さんの展覧会を見ました。このときも大規模でしたが、今回も回顧展を兼ねた、さらにスケールアップされた展示となっていました。

この人の金属に対する執着心にはものすごいものを感じます。阪神大震災で生み出された鋼鉄の廃材のその切断面から、または飴のような屈曲から、人間の力では到底コントロールできない、得体の知らない力学を感じ、それは夥しい薬莢の山からも伝わってくるのですが、それらに照明があてられると、また違ったことを感じさせるというか、率直にいうと美しさを感じてしまうのでした。みんな展示されている鉄の作品、というよりも鉄のひとつの状態を曝しているという感じのほうがしっくりくるようです。破片や部品が大量に集められて凝縮されて(本当にスクラップされているものもあります)見るものを圧倒しています。展示の導入部は鋳鉄製のライフルが直列に2列で25丁ずつ計50丁、展示室では40丁×2列が非常に几帳面に並べられており、それには異様な執拗さを感じます。Cimg0194_2

今回は学芸員さんのレクチャーも受けました。図録を現在執筆中だそうで(今展示のです)、悪戦苦闘の表情がみてとれました。この展示室で昨晩は夜を明かしてしまったようで大変です。参加者が沢山いました。説明を聞いていると、ROSECHU(榎忠の別人格:女性というか女装)さんの声がきこえてきそうな感じでした。「そうよ。妄想は幻想になる前にカタチにしなければいけないのよ。」

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2011年10月 3日 (月)

月曜美術館245

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生誕120周年記念

岸田劉生展

大阪市立美術館

2011917日~1123

ポスターが「麗子がいっぱい」というコピーに妖怪的迫力の絵がすごくインパクトがあり、最初はこれが展覧会のタイトルと思い込んでしまいました。てっきり「麗子がいっぱい展」と。たしかにこんなにたくさんの麗子像をみたのははじめてで展示のハイライトではありますが、あくまで主旨は岸田劉生の画業を称える大回顧展でした。この美術館の長所と短所は同じで、展示数が非常に多いということです。たっぷり見ごたえがある代わりにぐったり疲れてしまいます。むしろ「麗子像」だけにクローズアップしていろいろな角度からみたり、画像を分解してたとえば衣服の描き方とか、麗子の顔が抽象化してゆく過程(寒山になぞらえた作品にもなってゆくので)、といった感じの展示もみてみたいなと感じました。

 岸田劉生はルネサンス調の静物画や風景画もありますが、やはり肖像画の割合が高く、とくに自画像を多数制作しています。はっきりいって彼の表情はそんなに特徴的ではないし、顔つきも38歳で没するまで特に変貌していないにもかかわらず、左斜め45度の同じような自画像をなぜそんなに描きつづけたのかが、非常に謎めいていておもしろかったです。

あと、『切通之写生 道路と土手と堀』は有名な作品ですが、空・堀・土手の色彩のコントラストが、原色×原色×中間色と、さらに電柱の影が黒で鋭く横切られていて緊張感とスケールの大きさを感じました。さすが重要文化財です。この風景を遠景から文字通り写生した作品があり、そこには劉生自身の小さな後姿も描かれていて、「本作」の横に展示されていました。このへんは大回顧展ならではの展示で、醍醐味でもあるなあと思いました。

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